冬らしく透き通った青の空。部屋で溜まったネガの整理をと思っていたけれど、やっぱりバイクでR134を走りたくなり出掛けた。切る風にまだ残っている秋の微熱。この季節に生まれた僕はこの感覚が堪らなく好きだ。
「午前中は富士山が見えていたよ」と稲村ケ崎に集ったカメラマン集団のおじさんが教えてくれた。「昨日買ったばかりの新しいレンズだよ」と150-500mmのピカピカの望遠レンズを嬉しそうに触りながら、おじさんは沖で波待ちしているサーファーの姿を追っている。ちょっと覗かせてもらうと逆光に濡れた肌をきらきらさせたサーファーの背中が大きくファインダーに映し出されていた。それはかって訪れた南の島で出会った浅黒い肌の青年を思い起こさせた。
遠く江ノ島の背後に伊豆半島の山々が迫るように立っている。黒々とうねりながら立ち並んだ山々におされて今日の江ノ島はとても小さくてチャーミングだった。
日が沈む時刻になるにつれて多くの人たちが海沿いの国道や砂浜や岬の上に集まりだしてきた。誰もがこの時間を待っている。あと数分後に見えるだろう燃えるような朱の空。
以前にもこんな夕暮れ待ちをしたことがあるな。あれはいつかの竹富島の西桟橋。今年の春の西表島。
身近な場所は遥か遠くへと繋がっていく、そして遠くの日々が今こんなに近くにある。
今日も随分いい「旅」をしたね。永遠と一日、そしてライカM6。
(Me at the Inamuragasaki, by mobilephone, 2008.11.30.)
2008.11.28 (Fri) 眠り猫、招き猫
先日、紅葉がみたいという父を連れて、湯西川という栃木の山深くにある静かな温泉宿まで行ってきた。途中で中学の修学旅行以来となる日光東照宮に立ち寄り、久々に『眠り猫』を見て驚いた。全くうちのチロと同じ白黒模様だったのだ。ポイントは前髪(?)のスタイル。それと全身の白黒のバランス。
猫はたいてい眠っているもの、でもそれにしてもチーちゃん、度が過ぎないか?と思っていたけど、これで理由がよく分かった。君は眠り猫だったんだね。
ちなみに最近の猫は、白黒の比率がどちらかに偏っているものが多く、きれいに白黒半々というのはめっきり少なくなって珍しいと、先日外耳炎を患ったチロを診断してくれた動物病院の先生に教えて貰った。
「なんて珍しいくらいの古風な和猫ですね」ってさ。意外に君はユニークな存在なんだね。
ひとつ付け加えると、うちのチロもこう見えて『眠り猫』と同様、招き猫であることは間違いない。
だって、君が居なかったら、今の家族はなかったんだからね。ねえ、チロ。
そんな話しはまたいつか。
(Chiro, by mobilephone. 2008.11.)
2008.11.23 (Sun) travelogue #08
疑うことなく、在るが侭に受入れて行こう。
世界は、私自身の写し絵なのだから。
(hayama, Kanagawa. 2008.11.)
2008.11.16 (Sun) 『極東ホテル』@大阪ニコンサロン
来週11月20日(木)から、大阪ニコンサロンでの写真展 がはじまります。
先ほど作品を梱包し終えたところです。
銀座ニコンサロンとはまた少し展示が変わると思います。
楽しみにしていて下さい。
どうぞよろしくお願いいたします。
--------------------------------------------------------------------------------
鷲尾和彦写真展 『極東ホテル(The Hotel Fareast)』
大阪Nikon Salon
(ヒルトンプラザ・ウエストオフィスタワー13ニコンプラザ大阪内)
2008年11月20日(木)〜12月3日(水)
11:00〜19:00(会期中無休/最終日は15:00まで)
--------------------------------------------------------------------------------
2008.11.11 (Tue) 冬のコート
寒くなってきたので、"着たきり雀"だった春秋のコートから、今年はじめて冬用のマルジェラのコートに衣替えした。
朝早くから夜遅くまで貧乏暇なしで働き続けて、おまけに打ち合わせといえば、やっぱり相も変わらずの嫌な後味を残したままで。
そのためか電車の中で広げた小説は一節も頭に入らず、もう何回繰り返したか分からないiPodの中のAztec Camera「Knife」を聞きながらただただ暇をつぶし、1時間ほど電車に揺られて逗子駅につくと、思いがけない人にばったちと出会った。今日着ているコートを僕に売ってくれた人。
「大阪から恵比寿のお店に戻って来て、逗子に引っ越してきたんです」
ちょうど今日、このコートを引っ張りだして来たところなんですよ、と見つめたすぐそこにある彼女のスマートな笑顔。まだ出ない写真集を真っ先に予約してくれたのも彼女だった。今日の冴えない一日のことなどすっかりすっ飛んでいった。
出会える人にはちゃんといつでも出会えることになっているんだな。
そして、すれ違う人とはやっぱりすれ違うようになっているんだろうか、と今日の昼間を思い出す。すれ違うことになっている人とも本当はそうありたくはないなって思うのは「甘い」考えなのだろうか。あるいは「わがまま」なのだろうか。貴方は人に期待しすぎる、もっと冷静に見て判断しなきゃと大学生の親友に言われたけど確かにそうなのかもしれない。でも期待するのは決して「give me」な気持ちなんかではなくて、あくまでも「hope you」だと正直自分では思う。でもそれってなかなか伝わらないものなんだ、とくに開かれた心の持ち主でない限りは。それに例え「hope you」でもやっぱりそれはそれで「甘え」かもしれないね。
終電間際の冬のホームでAさんにばったりあったことは、ささやかだけどとってもとっても嬉しい幸運であって、そのことに感謝しながらも、でも年下の親友がいうように、やっぱり僕は幼くてわがままなんだろうなと思う。世の中はそんなに牧歌的ではないのだろう、それはあまり嬉しいことではないけれど。と、しょんぼり夜道を家路へと。