鷲尾和彦

写真集『Station』へのメッセージ

大竹昭子さん/文筆家
駅というのは不思議な空間だ。ひとつところから別のところに移動するために人が集まり、来るものを待つ。さっきまで一分一秒を惜しみながら仕事をしていても、駅にたどりつけば待つしかなく、すべての人が等しく宙吊りになる。この写真集で出会うのは、その宙吊り状態が極限に達している人々である。どこに行くのか、なにをして生きていくのか、家族がちりぢりにならずに暮らせるのか、湧き上がってくる問いのどれにも答えがない。
コロナ禍にあるいま、これらの写真は以前とはまったく違って見えてくる。答えのある生きかたに慣れすぎて、それを奪われた状態を経験したことのない自分たちのいまを重ねて見ずにはいられないのだ。たしかに彼らは究極の宙吊り状態にあるが、もしかしたら人間は本来こうやって生きてきたのではないか。そんな声がどこかからひっそりと流れてくるようだ。
 
栢木清吾さん/移民研究者・翻訳者
ここには現代の「難民」の生を特徴づける決定的な経験が活写されている。
待つ、いや待たされる、という経験である。
彼・彼女たちは、ずっと待つことを強いられているのだ。
列車の出発を、国境が開くのを、警察の尋問が終わるのを、収容所からの外出許可を、庇護申請の結果を、再び故郷に戻れる機会が訪れるのを、そして何より、地球上の一部の人びとがはるか以前から享受している富と平穏が自分たちにも分け与えられる日を。
多くの人びとが閉じられた空間で「日常」の再開を待ち望んでいる今日、この写真集がきっかけとなり、その「非日常」をずっと「日常」として生きさせられてきた人びとへの関心が高まることを期待してやまない。
 
園田 涼さん/ピアニスト
「音楽にとって大事なことは音楽以外のすべてだ」という著名なピアニストの言葉がある。
鷲尾さんの写真を見ながら、なぜか僕はこの言葉を思い出していた。
僕の眼にとても音楽的に映る写真たち。会ったこともない、そしてこれからも会うことはないであろう人々の眼の奥に、僕は音楽を感じる。ハーモニー、ビート、メロディ、そしてまたビート….。
 
サヘル・ローズさん/俳優・タレント
小さな身体で大きな荷物を背負い、家族の悲しみを受け止めている。
彼等の名前は、「難民」ではない。
素晴らしい生命に溢れた「ひと」です。
彼等の居場所を奪ったのは誰?
強く向けられた瞳に中に宿る哀しみの刃
「アナタの瞳をそうさせたのはダレ?」
写真の中で彼等は生きてる。
息をして私たちを見ている。
ね、どうか目をそらさずに、彼等の瞳に隠された言葉を抱きしめてあげて。
「難民になりたい人など、いないよ」
 
宗田勝也さん/難民ナウ!代表
コンビニで。スーパーで。わたし自身が食にありつくためには、レジを打つ人が必要だ。
その人たちが危険に晒される可能性があることを承知しつつ、わたしは折り合いをつけている。その事実に打ちひしがれる。
目の前の命の危機に「仕方がない」と言えてしまう自分は、遠く離れた国の、見知らぬ駅を行き交う人たちにどのような言葉を用意できるだろう。いま、本書の問いかけは重く、容易でなく、そしてかけがえがない。
 
Anand Bhatt (Producer, Aakash Odedra Company)
『Station』は、移民史における重要な瞬間を捉えている。私たちはいつだって、レンズを通して歴史を目撃する。鷲尾さんはオーストリアにおける歴史的瞬間に居合わせ、そこに渦巻く苦難と中東の巨大なうねりから逃れようとする人々の直感をじかに記録した。モノクロームの写真は、彼ら一人ひとりの心に潜む恐怖を際立たせている。駅とは、どこか別の土地へと向かう人々の交差する場所だ。ここに写る移民たちにとって、ふるさとはもはや安住の地ではない。安全でいるために故郷を捨てざるを得なかった彼らは、よりよい土地を求めて移動しており、希望の旅の途上なのだ。鷲尾さんの写真は私たちに、世界がかくも変わってしまったことを静かに訴えかけている。
 
 
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