鷲尾和彦

Border land(2017)

やがて写真集「Station」となる写真をウイーン西駅で撮ってから2年後、ハンガリーとセルビアの国境の町を訪ねた。バルカンルート・ゲート跡まで汗だくでレンタル自転車を漕いだ。彼らが歩いた跡、その人々を迎える側の人々が暮らす農村風景。そのどちらもこの目で見ておきたかった。僅かな時間しか滞在出来なかった、散々探して借りた自転車はサドルが壊れていたし、国境は遠かった。最後まで近づけなかった。農村風景は決して豊かだとは素直に思えなかった。でも美しかった。日に焼き尽くされた向日葵畑が延々続いていく中で、背丈の低い若いその一本だけが太陽を睨んで立っていた。
今日は世界難民の日。
 
Two years after I took the photographs for my book “Station” in Vienna, I visited the border town between Hungary and Serbia.
Sweating profusely, I have peddled an almost broken rented bicycle to the ruins of a gate on the Balkan route
I wanted to see where they walked passing through the gate, and the rural landscape where the people on the other side.
I wanted to see both.
I could only stay for a short time.The bike I borrowed after looking for a while had a broken saddle.The border is far away and I could not get close.I felt the rural landscape was not so rich. But it was very beautiful. The sun-burned sunflower fields stretched on and on, and only a short, young one stared at the sun and stood alone.
Today is The World Refugee Day.
 

 

Making of a Photography book “Station”


 
4日間に渡る写真集の印刷が始まりました。今日はその初日。東京印書館のプリンティングディレクター高柳昇さんをはじめ皆さんのチームワークが本当に素晴らしく。言葉になりきれない思いをしっかり汲んで頂き、まるで一緒に歩いているように感じました。こういう感覚、久しぶりです。写真家の意図を丁寧に読み取っていただきました。そして、最終的にはこうした不安を乗り越え、予想を超えたクオリティへと達することが出来たと確信しています。普段とは異なり、感染症リスクを防ぐために印刷機の前にまでは行けませんでしたが、窓越しからオペレーターの皆さんへ深く感謝の念を送りました。
 
初日終了後は、念願の「原爆の図 丸木美術館」へ。車でわずか数分のところにその美術館はありました。ちょうど今週から再開されていて開館時間が短縮されているにも関わらず受け入れて頂き恐縮しました。丸木夫妻による「その絵」はもちろん、お二人の長い制作の軌跡に圧倒されました。そして、砂守勝巳さんの写真展も本当に素晴らしかった。編集者の高松さんと二人きりで、これらの作品をゆっくり観れるなんて、なんという幸運。学芸員の岡村さんとお話しすると、以前、僕の展示も見ていただいていたとおっしゃって頂き感激しました。
 
久しぶりの長距離ドライブだったけれど、突然の大雨にも濡れたけれど、やっぱり人に会うこと、人の手仕事に出会えることは、なによりも嬉しいことだと痛感した一日でした。そして、こうして時間をともにできる人たちに出会うことは奇跡的なことなんだと痛感しています。本当にみなさん有難うございます。
 
もうすぐ、写真集はできる予定です。予約期間は本日まで。アマゾンでも予約可能ですが、小さな出版社さんですので、できれば直接出版社のウェブにアクセス頂ければ幸いです。どうぞよろしくお願いいたします。
 
写真集『Station』(夕書房)予約ページ(別ウインドウが開きます)
 
 

 
 

写真集『Station』へのメッセージ

大竹昭子さん/文筆家
駅というのは不思議な空間だ。ひとつところから別のところに移動するために人が集まり、来るものを待つ。さっきまで一分一秒を惜しみながら仕事をしていても、駅にたどりつけば待つしかなく、すべての人が等しく宙吊りになる。この写真集で出会うのは、その宙吊り状態が極限に達している人々である。どこに行くのか、なにをして生きていくのか、家族がちりぢりにならずに暮らせるのか、湧き上がってくる問いのどれにも答えがない。
コロナ禍にあるいま、これらの写真は以前とはまったく違って見えてくる。答えのある生きかたに慣れすぎて、それを奪われた状態を経験したことのない自分たちのいまを重ねて見ずにはいられないのだ。たしかに彼らは究極の宙吊り状態にあるが、もしかしたら人間は本来こうやって生きてきたのではないか。そんな声がどこかからひっそりと流れてくるようだ。
 
栢木清吾さん/移民研究者・翻訳者
ここには現代の「難民」の生を特徴づける決定的な経験が活写されている。
待つ、いや待たされる、という経験である。
彼・彼女たちは、ずっと待つことを強いられているのだ。
列車の出発を、国境が開くのを、警察の尋問が終わるのを、収容所からの外出許可を、庇護申請の結果を、再び故郷に戻れる機会が訪れるのを、そして何より、地球上の一部の人びとがはるか以前から享受している富と平穏が自分たちにも分け与えられる日を。
多くの人びとが閉じられた空間で「日常」の再開を待ち望んでいる今日、この写真集がきっかけとなり、その「非日常」をずっと「日常」として生きさせられてきた人びとへの関心が高まることを期待してやまない。
 
園田 涼さん/ピアニスト
「音楽にとって大事なことは音楽以外のすべてだ」という著名なピアニストの言葉がある。
鷲尾さんの写真を見ながら、なぜか僕はこの言葉を思い出していた。
僕の眼にとても音楽的に映る写真たち。会ったこともない、そしてこれからも会うことはないであろう人々の眼の奥に、僕は音楽を感じる。ハーモニー、ビート、メロディ、そしてまたビート….。
 
サヘル・ローズさん/俳優・タレント
小さな身体で大きな荷物を背負い、家族の悲しみを受け止めている。
彼等の名前は、「難民」ではない。
素晴らしい生命に溢れた「ひと」です。
彼等の居場所を奪ったのは誰?
強く向けられた瞳に中に宿る哀しみの刃
「アナタの瞳をそうさせたのはダレ?」
写真の中で彼等は生きてる。
息をして私たちを見ている。
ね、どうか目をそらさずに、彼等の瞳に隠された言葉を抱きしめてあげて。
「難民になりたい人など、いないよ」
 
宗田勝也さん/難民ナウ!代表
コンビニで。スーパーで。わたし自身が食にありつくためには、レジを打つ人が必要だ。
その人たちが危険に晒される可能性があることを承知しつつ、わたしは折り合いをつけている。その事実に打ちひしがれる。
目の前の命の危機に「仕方がない」と言えてしまう自分は、遠く離れた国の、見知らぬ駅を行き交う人たちにどのような言葉を用意できるだろう。いま、本書の問いかけは重く、容易でなく、そしてかけがえがない。
 
Anand Bhatt (Producer, Aakash Odedra Company)
『Station』は、移民史における重要な瞬間を捉えている。私たちはいつだって、レンズを通して歴史を目撃する。鷲尾さんはオーストリアにおける歴史的瞬間に居合わせ、そこに渦巻く苦難と中東の巨大なうねりから逃れようとする人々の直感をじかに記録した。モノクロームの写真は、彼ら一人ひとりの心に潜む恐怖を際立たせている。駅とは、どこか別の土地へと向かう人々の交差する場所だ。ここに写る移民たちにとって、ふるさとはもはや安住の地ではない。安全でいるために故郷を捨てざるを得なかった彼らは、よりよい土地を求めて移動しており、希望の旅の途上なのだ。鷲尾さんの写真は私たちに、世界がかくも変わってしまったことを静かに訴えかけている。
 
 
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