鷲尾和彦

越後妻有アートフィールド

越後妻有アートフィールド。これまで何度か訪問しようと計画したものの、なかなか予定が合わず、ようやくこの夏に訪れることができた。
タレルやボルタンスキーなど、錚々たる国際的アーティストの作品を少し見て回ったが、すでに農村の風景に馴染んでいる様子に、どこか胸が締め付けられる思いもした。
一方で、最も心に残ったのは、宿泊した新潟県十日町市・三省ハウスの廊下で見た小学生たちの版画だった。廃校を改装したこの宿泊施設には、1965年に描かれた小学生たちの版画が、今も静かに廊下に飾られている。
朝、みんながまだ寝ている時間、朝日に照らされた版画の前にひとり立ち、じっと見入った。描かれているのは多くが家族の肖像で、とくに家の中で働く様子が描かれている。そのときの教師の課題だったのか、それとも子どもたち自身が描きたかった対象だったのか。そのひとつひとつの版画もそうだが、描かれた対象そのものにも強く心を惹かれた。子どもたちが描いていたのは、どうしても離れがたい肉親への深い慈しみであり、そして一人の大人に対する、どこか手の届かない憧れを伴った尊敬の念でもあった。
当時、「学校版画運動」「生活版画運動」と呼ばれた全国的な潮流があったことは知っている。その名残の時代に、わずかでも自分がつながっているような感覚がある。
数年前、町田で当時の教育版画運動の記録を集大成した展覧会を見たことを思い出す。あの展示も本当に素晴らしかった。そのときのコピーが印象に残っている。
 
「工場で、田んぼで、教室で、みんなかつては版画家だった。」
 
越後妻有アートフィールド。子どもたちが描いた版画も含め、さまざまな時代を生きてきた人々の手が重なり合い、つながり合いながら、ここにしかない新しい風景が紡がれてきた。その中に身を置くと、長い時間の流れが着実に積み重なっている確かさとともに、新しい朝のような軽やかさが同時に降ってくる。
数日間の新潟での滞在中、この土地でのアート活動に関わってきた人々の振る舞いにも、その感覚は感じ取れた。
静かに、誇り高く、そして、ひらかれたこころ。
どうしてこんな風景が生まれるのだろうか。そこには、あの人たちの佇まいも含まれている。
考えてみても、やはり「アート」という方法の他には納得いく答えは思い浮かばなかった。つまり、この風景はひとが育て上げた風景なのである。
また近く訪ねたい。
 

(©️三省ハウス)