2025.5.25(Sun)
“This is material for us to engage in dialogue and think together for the next generation.”
先日、写真家セバスチャン・サルガド氏の訃報に接しました。
2002年、東急Bunkamuraザ・ミュージアムで写真展『EXODUS』が開催されることを、当時田町にあった「P.G.I.芝浦」のチラシで知りました。そこには「小学生以下は無料」と記されており、私はおせっかいにもザ・ミュージアムに電話をかけ、「小学生は無料とのことですが、彼らに多く見てもらうために、何か特別な企画はされているのでしょうか?」と尋ねたのです。ご担当の方からは、「そこまではなかなか手が回っていないのが現状です」との率直なお返事。それならば、と私はさらにおせっかいを重ね、「私が小学生たちを集めましょう」と提案し、美術館の方々と協力して、小学生のためのギャラリーツアーを企画する運びとなりました。以下は、その時のことを某メディアに寄稿した内容の一部です。
当時ご協力いただいたサルガド氏、友人でありこの企画を共に実現してくれたギャラリストの中根大輔氏、そしてザ・ミュージアムの皆さんをはじめ、関わってくださったすべての方々に、改めて感謝申し上げます。そして、サルガド氏のご冥福を心よりお祈りいたします。
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『これは我々が次世代のために一緒に対話し、考えるためのマテリアルです。』(2002.9.1.)
現在、東急Bunkamuraザ・ミュージアムで開催中のセバスチャン・サルガド氏の写真展『EXODUS』。
「難民の世紀」といわれた20世紀末、世界約40カ国を7年間にわたり旅し、人々の日常を写真に収めた。貧困や政治的・宗教的弾圧、紛争など様々な理由から、住み慣れた土地を離れ、難民キャンプや異国で暮らす人々。彼らの現実、そして私たちの現在を取材したプロジェクト《EXODUS》は、その集大成として世界の主要都市を巡回してきた。
サルガド氏の「この写真展をたくさんの日本の子どもたちに見てもらいたい」という意向を受け、私はセバスチャン・サルガド本人が案内する「子どもたちのための写真展見学ツアー」を企画した。
鷲尾:
あなたは記者会見で、ご自身の写真を「考えるためのマテリアル」だとおっしゃった。私たちはあなたの提示した「マテリアル」を日常の続きにあるものとしてどう捉えることができるか。それが問われています。
サルガド:
ここにある光景は、実に世界の約8割の人々にとっての「日常」なのです。あなたが、私が自分の写真を「マテリアル」と呼んだことに注目してくれたのはとても嬉しいことです。私はそのように受け止めてもらいたいと思っています。この10年ほどの間に緒方貞子さんが国連難民高等弁務官として世界的にも重要な役割を果たされたにもかかわらず、日本では難民問題への関心があまり高くないと聞き、正直かなり驚きました。それは、日本が政治的にも経済的にもあまりにしっかりと組織化され、システムが完成されすぎていることに原因があるのではないかと思います。
鷲尾:
その背景には、システムの問題に加え、メディア環境の変化もあると思います。メディア・コミュニケーションの速さの中で、マテリアルを提供しても、それについてじっくりと考える時間が持てないのです。あなたが「マテリアル」を提供するように、僕も自分の立場で何かできないかと考えました。本日「子どもたちのための写真展見学ツアー」を企画したのも、そうした理由からです。
サルガド:
今日は子どもたちが一緒に写真を見てくれると聞いて、本当に嬉しく思っています。私がなぜ子どもたちにこそ見てほしいと思っているのか――それは、10年後、20年後には彼らが社会の中心的な存在となるからです。そのとき彼らが原動力となって、今のシステムや社会を変えてくれることを願っています。貧困と闘う社会を築いてほしいのです。だからこそ、日本の社会において特に子どもたちに見てもらいたいと思っています。子どもたちには、自分たちが住んでいる世界とはまったく異なる「日常」があるということを知ってもらいたい。大事なのは、若い世代と共に語り合い、共に考えることなのです。
ごく短い会話の後、私たちは早速「子どもたちとの写真展見学ツアー」のために会場へと向かった。過密なスケジュールで疲労の色を隠せないサルガド氏だったが、子どもたちに囲まれた瞬間、その目は再び鋭さを取り戻し、熱心に写真に収められた情景について語り続けた。
「アマゾンの森だよ。これは世界で一番きれいな森なんだ。蝶がきれいだろう。でも木がたくさん切り倒されてしまったから、森がだんだん失われているんだ。」
「じゃあ、また木を植えればいいじゃん。」
「もちろん植えようとしているけど、とても長い時間がかかるんだ。インディオの人たちは、少しだけ木を切って大きな家を作り、4〜5年経つと住む場所を移動するんだよ。そうすると、その間に森が元通りになるんだ。でもアメリカとか日本が大量に切ってしまうと、元に戻らないんだ。このことをちょっと考えてみてほしい。」(ブラジル、ロライマ州)
「この村の男の人たちは、皆ほかの国へ働きに出てしまったんだ。子どもたちはお母さんと一緒に残っている。日本にも、そういう人たちがたくさん働きに来ているよ。みんな、お金がないからそうしているんだ。だから、日本でそういう人たちを見かけたら、思い出してほしい。彼らの家族が、ずっと待っているということを。」
(エクアドル、インバブラ州)
サルガド氏は真摯な姿勢で子どもたちの声に耳を傾け、語りかけ続けた。緊張気味だった子どもたちも、サルガド氏のそんな姿に少しずつ心を開き、自分の言葉を伝え始めた。
見学会の最後に、サルガド氏はこう語った。
「君たちには、なるべくたくさんの友達をこの場所に連れてきてほしい。そしてその時は、君たち自身がこの写真について語ってほしいんだ。」
協力:中根大輔、Bunkamuraザ・ミュージアム