鷲尾和彦

未来を編み上げる

那覇から車で北へ約1時間。沖縄県うるま市。この町で現代版組踊『肝高の阿麻和利』という舞台が生まれたのは今から10年前のことだった。領民とともに生きた草民の王、阿麻和利の物語を、現代を生きる地元の中高校生たちが舞台を通して見つめなおし全身を使って見事に演じきる。
2ヶ月後に迫った、世界遺産・勝連城での特別公演を控えた8月初旬、猛暑の中を早朝から舞台稽古が始まっている。組踊とは、沖縄の伝統的な芸能の一種で、舞・音楽・芝居の3つのパートで構成される舞踊劇。中高校生たちもパートごとに集まって練習を行っている。どのパートも「リーダーズ」と呼ばれる上級生が中心となり自主的に演技を指摘しあい学びあっていく。10年をかけて『阿麻和利』がつくりあげてきた最も重要なことは、こうした若者たちが自ら学びあっていく仕組みとその文化にある。
「通し稽古でも、各パートから必ず一人は客席に座って自分たちの演技を見るんです。自分が感じたことは、ちゃんと自分の言葉で伝えようって。そうすることで、『阿麻和利』はどんどん私たちのものになっていくような気がする。」
最初にこの舞台を用意したのは大人たち。国が進める地域産業育成事業の一環である物産展の催し物として企画されたのがはじまりだった。うるま市(当時の勝連町)も多くの日本の地方町と同様、経済的には非常に厳しい環境にあった。若者たちの多くは自分が住む町への関心を持てずにいた。この町を未来に引き継いでいくこと、それは産業以前に、地域の若者を育てることであるはずだ。大人たちはそう考えた。しかしその後、この舞台が続くことになったのは、当時の中高校生達自身の強い希望に他ならなかった。
「学校、部活動、塾もあるけど、『阿麻和利』は特別かな。ここには、私の居場所がある。」
「みんな別々の中学校や高校から来ているけど、とても仲がいい。ひとつの舞台をいいものにしたいって気持ちは、みんな一緒だから。」
現代は若者たちにとって「師を持ちにくい時代」かもしれない。大量の情報を瞬時に手に入れられることで、直接的なタテの繋がりなどなくても「自分には何でもできるはず」という幻想を抱きやすくなる。
『阿麻和利』という舞台は、若者たちが土地に埋もれていた「物語」を掘り起こす機会を与えた。そしてタテとヨコの糸をつむぐことが、その「物語」に命を吹き込むということに気付かせた。そうして編み上げられた「物語」の当事者として生きることで、若者たちは未来へと羽ばたく強さを手に入れる。
「若者」とは、未だ価値が定まっていない存在のこと、そして切実さを持って、自らの価値を掴みとろうと身体を奮い起こすことが出来るもののことを呼ぶのではないだろうか。ここには若者たちが未来を生きていくための確かな「現場」がある。
 
(「未来」を編み上げる〜現代版組踊『肝高の阿麻和利』/雑誌『広告』2010年10月号)

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