鷲尾和彦

境界線は心の中にある

『地球は、宇宙において切れ目のないひとつの全体として形作られました。そこに境界線はありませんでした。この宇宙に現れた人間の心は、線や境界、区別を求めました。』
生物物理学者、環境学者、システム・ダイナミクスの研究であるドネラ・メドウズが、生前発表した数百編ものエッセイから厳選された八編を集めたのが本書である。平易な言葉で書かれた、まるで詩集のような一冊だ。

メドウズは、72年に発表された『成長の限界』の主著者の一人でもあった。人口、資本、資源、食糧、土地、汚染などの様々な変数とその相互関係をコンピューターモデルによってシミュレーションし、「人口増加と経済成長が抑制なく続けば、2030年までには経済破綻と人口減少が始まる」という結果を弾き出し、全世界で大きな議論を巻き起こした。多様な物事の関係性に着目することで、全体像とその結果を生む構造を読み解く「システム思考」の理論がこのレポートを支えている。しかし、時は高度経済成長の真っ只中。当時産業界やエコノミストかち抗議や非難が寄せられた。その後、メドウズは世界的な研究者としてのキャリアと大学の終身在職権の地位までをも捨て、膨大なエッセイを発表し続ける人生を選んだ。
なぜ私たちは同じ過ちを繰り返すのか? そのためには複雑な構造を読み解くだけではなく、課題や構造の背後にある私たち自身の世界の見方にこそ本当の原因がある。メドウズは科学的アプローチの向こうに、社会を変える創造性を「言葉」の力に求めた。彼女が紡いだ言葉、そしてそんな彼女の生き方に僕はいつも勇気付けられる。

( 書評「システム思考をはじめてみよう」 / 『AXIS Magazin』 Vol.189, 2017)

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