鷲尾和彦

写真展『極東ホテル』に寄せて

このテキストを書いている今日、英国は国民投票によってEU離脱を決定した。
「寛容」と「不寛容」とを巡るせめぎあい。それは、国民投票の結果を左右した大きな要因であるシリア難民のことだけでなく、この日本でも、僕たちに突きつけられている大きな課題になっている。
他者のことをどこまで想像することが出来るのだろうか。
その感覚をどこまで広げることが出来るのだろうか。

 

「極東ホテル」での撮影は、11年目を迎えた。様々な社会的な状況の変化は、こんな小さな宿にもダイレクトに影響する。むしろ同じ場所に居続けることで、その影響は一層はっきりと見えてくる。
2011年の東日本大震災直後は極端に宿泊者が減った。今では人が戻ってきてはいるが、あの時以降、何かが決定的に変わってしまった。スマートフォンやSNSの普及で、こんな狭いホテルの中ですら、すれ違いざまの出会いは極端に少なくなった。世界中のどこにいても既知の人達との接続されつづけた環の中にいる彼らにとって、「旅」とはいったい何だろうか?

 

『僕をこの場所へと惹き付けてきたのは、
故郷の引力からも、異国の遠心力からも切り離された
人間が放つ、その「響き」だった。
目の前の見知らぬ人々は、もはや見知らぬ誰かではない。
僕たちは誰もがこの世界を漂い続ける小さな欠片だ。』

 

写真集「極東ホテル」のあとがきに僕はそう記している。僕は自分自身が綴ったその言葉を、何度となく読み返している。

 

大きな社会の潮流、人のことなど無関心だと言わんばかりに突然やってくる自然の脅威。テクノロジーの進化が変えていく日々の営み。それらを受け入れながら、その中で時に翻弄されながら、それでも移動し続ける人たち。このホテルの小さな部屋を訪れる「他者」の向こうに、遠くの出来事へと繋がる橋がある。僕は彼らの姿をこれからも記録し続けたい。世界を漂う小さな欠片のような彼や彼女の姿を。それは鏡に映った僕自身の姿でもある。

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