1999.08.25 (Wed)  "We Share In the hope " (Zingaro)

僕の大学時代の友人に不思議な女の子がいた。
彼女とは別の友人の劇団を見に行った時紹介されたのがきっかけだった。 僕らはしょっちゅう連絡を取り合ったりするわけではなくって、 実は会った回数もどちらかというと少ないほうだった。 でもたまに何らかのささいなトラブルを抱えてしまったり、 それを上手い具合に処理できなかったりすると、互いに話したくなる相手ではあった。 そんな時僕が彼女に夜中の電話を入れると、まるで毎朝ポストに新聞が届けられるくらい当たり前な調子で、 彼女は「いまかかってくると思ってたから」と、必ずといっていいほど呼び出し音1~2回で受話器をとるのだった。 僕もそんな冷静に考えると少し不思議なことも、何故か「まあそういうこともあるだろう」って思って受け取るタイプだったので、特に必要以上なリアクションをするというわけでもなかった。

そんなある日、旅行から戻ってきたといって、珍しく彼女から電話があった。「モンゴルに行ってきたのよ。前からどうしても行きたかったから。」 僕は黙って彼女の話の続きを待っていた。「でね、分かったのよ、みんな。あんた、私のお兄ちゃんだったのよ。 あんたはね、私のお兄ちゃんだったのよ。あのモンゴルでね。両親は居ないの、死んじゃって。あんたが両親の代わりに働いて、私達兄弟姉妹を養ってくれてたの。全部見えたの。」

僕は不思議にすんなりその話を受け取ることができた。「そうだろな。なんかそういう気がする。」とただそう思えた。僕が典型的なモンゴロイドの顔をしているってことはこの際関係ないとして、僕自身どこかそんな風景を、彼女の話を聞くずっと前から感じていたのも事実だったし、それ以上に憧れてもいた。なによりもし例え現世ではないにしても、本当に世界一の「騎馬民族」の血 が流れていた記憶があるのだとしたら、それはとても幸運なことであり、 誇りのように思えた。僕はその不思議な話をそれ以来忘れたことはない。 いつもすぐ手の届く引き出しに彼女の話を、馬に乗った自分の肖像画をそっと密かに隠していた。そしてそれはいつの間にかまるでお祖父さんから 聞かされた昔話の記憶のように僕の中に染み込んでいった。

バルタバスのことは、今年の夏、LosAngelesに向かう飛行機の機内で読んだ本で知った。その本には世界の痛みや情景に触れていようとするとても勇敢で才能ある人達の話が沢山詰っていた。 その中で僕の一番の興味をひきつけたのがバルタバスという不思議な響き の名前を持ったフランス人の話だった。
バルタバス。その経歴は「1957年、ヨーロッパのどこかで産まれた」ということ以外全くの謎に秘められている。彼は今から15年前の84年、27歳のときに 騎馬オペラ『ジンガロ劇団』を興す。そして数十頭の馬、曲馬ダンサー達、グルジアとカリビアとラジャスタンからきた楽団達とともに、フランス国内そしてヨーロッパ中を巡り、その超人的で圧倒的な美しさを持った人馬一体の技で人気を獲得する。その旗揚げ公演『騎馬キャバレー』はパリで6ヶ月間ものロングラン公演を行い、5万5千人の観衆を獲得、その後89年、パリ12区のオベルヴィリエに設けた『シンガロ騎馬劇場』でのアンコール上演では実に12万人も集めた。そして彼は次ぎに「映画」という世界へと駈けていく。92年には初映画『ジェリコー・マゼッパ伝説/Mazeppa』を監督、93年にはカンヌ国際映画祭でその創造的な映像美が高く評価され、高等技術委員会大賞を獲得。95年には2作目『シャーマン/La chamane』を完成させた。 バルタバスのそのインタヴューの中で自らを「文化的放浪者」であるといっている。そして、それは、単にあてのない「放浪」を続ける「漂流する民」ではない。
例えば、『騎馬キャバレー』ではアフリカの砂漠や北方ユーラシアのステップへと追いたてられていった「騎馬民族」達のスピリットをひとつの演劇空間で再び REUNIONさせようとする盛大なる「祭り」であったし、『ジェリコー・マゼッパ伝説/Mazeppa』では画家ジェリコーと曲馬の名手フランコーニという馬にとりつかれた二人の人間の狂おしいほどの「美」への 情熱が交錯する。彷徨する狩人として果てにあるはずの光景を描き仕留めるという極めて単純明快な行動原理に従順であること。そして自分のテリトリー(それが「シンガロ座」という家族・仲間・舞台・境界)を創り拡大していきながら、世界との攻め儀会いを繰り返し繰り返し続けていくこと。 何より自らの姿や獲物は美しくなければならない。

馬はもはや「失われた存在」だ。そして僕達も既に「失われている存在」である。でも記憶や光景はまだかすかにどうにか残っている。 バルタバスが描く空間、映像、そしてその「美」は、血生臭い臭いをともに、そんな僕達のかすかな記憶や光景を呼び起こそうする。 果たしてそれは本当に、この血の中にあるはずのものなんだろうか。失われたものは失われたままであるのか。それを確かめるためにも僕は彼に直に会いに行かなくてはと思っている。そして何故だかそれはいつかきっと叶うような気がしている。




1999.08.20 (Fri)  Mullholand Drive

LAでの3週間の滞在が終る。
今、NH005便の機内の中に居る。

昨夜、7436Mullholand Driveでの出来事。
谷間から見えたLAの町のオレンジ色の灯り。
彼のひそりとした、そして威厳を内に隠し秘めたささやかな王国がそこにあった。
親密なオレンジの灯りと灰色のカーペット。
鏡貼りのクローゼットの中のレザージャケットのコレクション。
僕らハンターの戦利品である白と黒のレザージャケット。
彼の(僕よりは少し小柄な)身体から発せられる狂った愛。

NH005便。
距離感を失った窓の外の風景。
連なり、うねる様々な形の蜘蛛は手の平の中に入っても渦巻き続けている。
色が飛んでしまったモニターの中で、
牡猿は子供達の方の上に乗り、その手からずる賢く豆を奪う。
夕陽にシルエットになったカモシカは、全てを見透かしたように
不安げに世界の果てを見届けようとしている。



1999.08.18 (Wed)  クリップ、スナップ。

白痴なまでの乾いた夏。
ペパーミントブルーとサーモンピンクが混じった虚ろで曖昧な夕焼けの色。
白い星とオレンジの街頭が不規則に交差する街頭。
水が枯れたジャグジープールの人肌ほどの水温。
ビーチへと向かう真っ直ぐの道。
白い陽の木陰で読む古い美術書。
誰も居ないはずの通りでこっそりと囁かれる秘密の言葉。
彼の世界中を敵にまわしても構わないという、あのマンソン風の髭。

僕はそれをクリップする。スナップする。
いつか僕はハンターとなって、彼の大切な茶色の兎を撃つ日が来るだろう。
僕はその日が来ることを密かに待ちながら、もっと牙を磨こう。

こんな思いを持って次の季節へ向かうとは予想だにしなかった。
また会えるはず。また会おう。



1999.08.14 (Sat)  MISHKA

MISHKA。
捉われた身。現代のターザン。
Whiskey A Go Go。ジム・モリソンもステージに立っていた(僕の中では)伝説的なライブハウス。

彼はわざと誰にも聞こえないようにひっそりとラブソングを唄う。
内緒の物語。
彼の背中越しには白い波飛沫をそっと弾かせる緑の海が広がる。
なまった英語を酒焼けの赤ら顔で話すマネージャー。
2人でロードを廻っている。
Luciano(ルシアーノ)の前座。MISHKAの観客は僕一人。
本当にたった一人だった!
MISHKAの歌を聞きたいという人間はこの町には何故居ないのか、
それはMISHKAがまだ無名であるとか、彼の歌が悲しげであるためではない。
この町が悲しすぎて、わざわざMISHKAを聴きに来る必要がないからなのだ。



1999.08.04 (Wed)  LAへ

木村直人、後藤氏と打ち合わせ。
11時過ぎに帰宅。
結局のところ、誰も「あるべきもの」あるいは「パラダイス」ばかり探しすぎてやしないか。
バランスの悪さ、それは願いが失われていく悲しさ。
その後LAに向けての作業を始める。
確認点の整理、Vincentに宛てたつたない英文レター。
彼のオブセッションが僕にものしかかる。
悲しみを湛えながらも失速しないように走っている危ういVincentGalloという存在。
ポラロイドの中でわざと睨みつける姿が滑稽であればあるほどに愛しさは増す。
朝の8時に手紙を仕上げる。
Emailでスタッフの女の子にことづけて少し眠る。
過剰な妄想を書き立てるあのBeach。
まだ出発の準備すら何も出来ていない。

昼過ぎにEmailを受ける。
そしてNEXになんとか飛び乗る。
NH006便にヴィッテルのボトルを抱えて乗り込む。
直ぐに時計をLA時間にセット。
映画は「菊次郎の夏」。
5分だけ眺めて直ぐに目を閉じる。
BobMarleyの初期の音楽ミュージック。
Sweetではかなく、少しコミカル。延々その声のリピートの中で眠る。
夢など見ない。

RedHotChiliPeppersの「Californiacation」。
そしてHoleの「マリブ」。
RCHPはこの夏の英国旅行の思い出の1枚となった。
幽霊のすむ町、Bath。確かにあの場所だけは不思議な感覚だった。
丘の上からBath市内へ入る時、町は綺麗な幻のようだった。

今はLAに近づく飛行機の中。
ヴェニスビーチでMoonlightdriveを口ずさんだのはフィクションか?
昨年のヘイトアシュベリーのような気分にはなりたくない。



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